植民地主義は否定された、故に、英国を中心とした欧州によるもの、日本は遅れて領土拡大政策による、侵略戦争により、失敗した。

その当時、欧米諸国の植民地主義に追従した、大東亜共栄圏という名のもとの侵略戦争だったという批判は免れまい、アジア各国も当然、否定したのだ。

国民国家なのだ、当然だ。これを否定すれば、秩序は保てないだろう。欧米諸国は同様に汎アラブを否定する理由をさがすことは不可能であろう。汎アフリカも同様に。ソビエト連邦。また、企業体による、統治も、世界的な経済沈没は結果として、世界を混乱の渦に巻き込んだ。金本位制の見直しが、ぽつぽつと囁かれ、いわば、資本主義の貨幣や、証券が紙くずと化したのだ。また、パナマ文書ということが表面化してしまい、世界を未曾有の混乱に陥れた半面、税天国には、税金を納める事なく、利益を独占する事が判明したのだ。考えてみれば、これは、国民国家の否定なのである。衝撃による解体。

インターネットは米国の軍事産業だった。

国家の支援が全くないといえば嘘だろう。

民とは、別の存在、隔離された存在だとは言え、

その国家資産を恩恵であろう、利益にあやかりながら、それを否定するいかに矛盾したことか。その企業による統治は、言葉を話し、計算もでき、文字を書くこともできる、人間が一日、十数時間も働き、2、3つの職場を持つことを意味するのだろうか。